「かっこつけない本」と「かっこつけた本」の間

東京学芸大学で密かに行われている,宇宙物理学の小林晋平さんと,教育方法学の大村龍太郎さんによる「かっこつけない本棚」企画。
(大学の先生が学部生に本が読みたいって言われて紹介すると往々にしてすごい難解な「かっこつけた本」が出てくるのだけれど,そうじゃなく,入門者にとってその学問の入り口としてちょうどいい感じの本)。

なお,大村さんが「見るなよ! ぜったいに見るなよ!」と上島竜兵なみに言うので,目立たないリンクにした。竜兵は「押すなよ」と言って押されたがっているわけだし,たぶん対応としてはこれで正解だと思う。


さて「かっこつけない本」って,自分の分野では何だろうと思っていたときのお話。

夏休み前にとある学生がやってきて。

―わたし,「インクルーシブ教育」について勉強したいんです。外国につながる子どもたちの教育は大事なんだけど,その子たちに対して何をするかばかり。もちろん大事なのは分かるけど,ただそうじゃなく,教室全体・学校全体で何をするかを学びたい――。

いやこれ。ホントその通りで,日本語教育・外国人児童生徒教育の大きな問題点だと思う。ただ授業枠として存在しない。

で,「ないものは自分たちでつくればいいやん」と背中を押して,友だち同士で読書の会を企画して,自分たちで選書して,この,ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー』にしたらしい。

おおナイスチョイス! と思っていたら,先日研究室にやってきて「この本に出てくる〈シティズンシップ教育〉というのが何かを知りたい」とのこと。

―ええぞええぞ。と僕としては思っているのだけれど,聞いているとどうも問題は「この本の次に何を読めばいいか」ということ。これがけっこう難しい。
そう,「かっこつけない本」はあるし,ゴールのような「かっこつけた本」もある(こちらはめちゃある)のだけど,「中間」って結構ない。

あったとしても授業やゼミというかたちで「ガイド」の存在が必要で,本当に自分たちで読んでいく「ちょっとだけかっこつけた本」というのはあまりないんだよなあと3人でうーんうーんと悩んでいた。

「かっこつけない本」から「かっこつけた本」に自分たちで道筋をつくるのは本当に難しい。

どこかでジャンプしないとかっこつけた本に至らないし,当然「かっこつけた本」から始まると99%挫折する。
はてさて,学生たちの心底かっこよさを応援はしているのだけど,この次の「ちょっとかっこつけ」るには何だろうなあ――