「多様性の教育学」実現にむけて

広島大学に着任して10日ほど経ちました。前任校では「日本語教育」を前面に出して幅広くだったのですが,こちらでは「外国人児童生徒」の教育を中心にしながら,一般の教育学(カリキュラム,制度などもふくめ)を担当していきます。

「多様性の教育学」とは,窪島務先生が長い間論じてこられ,とくに『発達障害の教育学─「安心と自尊心」にもとづく学習障害理解と教育指導』(文理閣, 2019年)の最後の章で「多数者教育学から真の『多様性の教育学』創造へ」という項で提示した教育の概念です。これは障害学はじめ特別支援教育の文脈で述べられているけれども,外国人児童生徒のことも同様かもしれません。

「多様性の教育学」を考えていくと,よりマジョリティの教育学の中でマイノリティの教育のことも包摂的に取り込んで,教師教育をしていくことはとても重要。それを少しずつ取り組んでいきたいと思います。


ターム1では学部生1年生に対して「外国人児童・生徒の教育」です。「日本語教育」というタームが取れたわけなので,必ずしも「日本語指導・支援」に拠らないことが重要なのですが,とはいえその側面も必要(なんと言っても他では学ぶ機会が今のところ第一類の学生はないので)で,塩梅の問われるところ。

何より自分自身がここ7年ほど,日本語教育と絡めて話してきたわけで,つくってきた資料もそこかしこに「日本語教育」の視点からみた話がちりばまっている。これをいかに残し,いかに拡張していくかが授業の中で問われるところ。

上の窪島の本のタイトルが「学習障害理解と教育指導」とあるけれども,「言語の学び・文化と文化のかかわりの視点を理解すること」それ自体はすごく重要で,それを欠かすことは出来ない。

とはいえ,それを「言語の学び」「異文化間教育」だけにすることでもなく,教育指導の中でそれらの視点をどうしていくかが問われていくのがこの世界。

そのためには子ども理解から学習指導,教科教育の視点,カリキュラム,評価論,あらゆる目線が交差してくのだけれども,それをうまく取り込んで耕していきたいものだ。