多文化・多言語,外国人児童生徒教育研究系統
このページの目的と読者像
このページは,多言語多文化的な学校・教室をふまえた研究,あるいは外国人児童生徒(外国につながる子どもたち)の教育をテーマにして大学院博士課程(前期〈修士〉・後期〈博士〉)を検討する人(学部生,大学院生,現職教員,支援者,社会人含む)が,
- 多文化・多言語環境,あるいは外国人児童生徒の教育の研究テーマを,「教育学*」の学問分野に接続し,
- 持続可能に研究を続けていく設計(時間・生活・ネットワーク)をつくり
- 学位論文執筆のみではなく,研究コミュニティの中でキャリアアップをする視点
をふまえながら研究をしていくためのガイドです。これは,多言語多文化的な学校や外国人児童生徒の教育研究が,独立した学問分野をもたない横断的な領域だからこそ,自分がどのように学問的ポジショニングをつくっていくかが重要だからです。(これが明確でないために,外国人児童生徒教育の研究者はなかなか数が増えていかない時代が長く続いています)
もちろん,大学院の場所や指導教員の方向性によっても違いますので,基本的には南浦研究室の指導方針ですが,ある程度普遍的なものとして書いています。
なお,このページは,大学院生の個々の「研究テーマ」を配布するページではなく,「問いを育てる」ための観点のページです。研究室の方針として,個々の研究テーマは大学院生が最終的に決定し,教員は概念化や具体化,方法の妥当性を支える形で進んでいきます。
教育学的(pedagogy)な問いと接続するとはどういうことか?
多文化多言語の環境,また外国人児童生徒の教育研究は,1990年代からこれまで,その中心は日本語教育学や教育社会学によって担われてきました。一方で,とくにペダゴジー(pedagogy)の学である教育方法学や教科教育学の中心ではあまり論じられてきませんでした。
そのため,こうした教育の関係者や,そこで生みだされる実践や研究自体に,そもそも「教育学的な問いや視点とつなげる」ということはどういうことかが蓄積されておらず,まず,その問いの特徴自体を摑む必要があります。
教育学的な問いと視点とは?
例えば,教育方法学は「カリキュラム,授業,評価,制度」などの面からできており,これを問いの形にすると例えば次のようになります。これだけでももちろん重要で普遍的な教育学の問いになりますし,この問いを多文化多言語の環境や外国人児童生徒の教育と結びつけていくと,それはいわゆる日本語指導の場に限定されない,多様性を包摂する学校や教室の研究につながっていきます。
- カリキュラムの問い(例):どのような教育や学校の構成や構造が,学習参加を可能にするか/阻んでいるか?
- 授業の問い(例):カリキュラム,教材,相互行為,言語資源はどう学習を組織し,進めていくか?
- 評価の問い(例):何のために,何を,いかにして,学習を把握するのか,価値づけるのか?
- 制度の問い(例):教育のしくみはいかに成立し,誰にどのような影響を与えるのか? ゆえにどうあるべきか?
こうしたことによって,南浦研究室では,とりわけ方向性として以下の点をとりわけ大切にしています。
多言語・多文化の環境や外国人児童生徒の存在を視野に入れる教育は,こうしたの教育の視点がもっとも露わになるフィールドです。(このページは「多文化・多言語,外国人児童生徒教育研究系統」として書いていますが,対象がここに限定されているわけではありません)
教育学的な問いによって得られる視点とは?
上のような「教育学」との接続をさせた研究は,それを通して,次のような視点を身につけることができるようになるでしょう
- 多文化や多言語の状況,またそこに生まれる教育の可能性や困難さを,教育の構造の面から捉えることができる(カリキュラム・授業・評価を統合して捉えることができる)
- カリキュラム・授業・評価の具体的な面から,多文化や多言語の環境を活かしたり,あるいは第二言語の視点をを活かしながら教育の具体をつくりだすことができる。またそれを組織の中で教師集団の力として考えることができる。
- 教室や学校の出来事を記述し,概念へ引き上げることができる(生態学的,状況的記述から理論をつくる)
- 複数のアクター(子ども,教師,支援者,行政,制度,教材など)の相互作用を捉えることができる。
- 「測りすぎ」の時代において評価を倫理的かつ道具的に積極的に活用することができる。
とくに博士課程後期を考えるときに重要な10+1のこと
という「文化資本(知的な探究性)」「社会関係資本(つながり・関係性)」「経済資本(職業獲得性)」と緩やかに結びついた3つの視点はとても重要になってくるように思います。このあたりをふまえながらメモとして書いています。
①博士を取った後,どのような仕事をするかで戦略的に論文掲載誌をえらぶ。 「外国人児童生徒教育」という学問分野は今のところ存在しません。なので「大学職」を狙うなら「何の学問分野で活躍するか」を考える必要があります。
②2系統の学会に参加する。もしも「学校教育」×「外国人児童生徒の教育」なら,学会は「学校教育系の学会」と「外国人児童生徒の教育系の学会」の双方で論文を書く,発表をする,関係を作る,があるといいように思います。2本柱は大事。 「外国人児童生徒の教育はみんなあの学会だからあの学会」発想は,関係性はできますが,似たような研究や発想・感覚に埋没しがちになるリスクも大きく,それのみにならないことも重要です。
③単に外国人児童生徒の教育だけではなく,その学会の本筋や原理に関わるところにつなげて論文を書く。 例えば「教育方法学」と「日本語教育」や,「教科教育学」と「異文化間教育学」などの双方に論文誌を出す(学際的な学会はポストに遠いので,背後にある学問分野でも出す)。その上で,背後の学問分野に「外国人児童生徒の教育」の角度から穴を穿つ,例えば将来的にはその分野の学問分野のハンドブックの1章になるように絡みつけていくことは重要です。
④学内や学外の人と一緒に共同研究をする。これは査読誌じゃなくてもいいので年1本は論文をにする。これで分野2本柱で博士号までに査読2,3本,紀要3本で計6本あると公募も出しやすいです。 「学問分野」の柱があると,公募も強みになっていくでしょう。2柱あるとさらに強いです。
⑤教育経験も重要。大学の非常勤もいいし,教育学系の場合は初等中等教育の経験も強いです。特に教育学部の場合は「学校現場経験」を色々な形で積んでおき「先生の気持ち」を考えられるようになることは大切です。
⑥女性の場合とくに,ライフキャリアの道筋を見すえることも現時点の日本社会では重要です。そうしたことに理解のある指導教員や相談できる教員,モデルとなりうる教員とのつながりを作っておくことも大切です。 大学の女性支援システムの有無も重要で,そうしたことを通して,視点を得て制度を活用していくことができるといいなと思います。
⑦⑥に関連して学問分野によってはまだまだ男尊女卑の文化も根強いことがあります。業績になることをちらつかせ,下請けばかりになりがちな師弟関係や上下関係を作る形で共同研究に誘う人には注意する必要があります(まれにそうしたことはあります)。それよりは⑨⑩のような良質な研究仲間をつくっていくことが重要です。
⑧持続可能な楽しさを培ってくれる場であるかどうか。タイプや分野にもよるけれど,研究論文1本1本の厳密な完成度にこだわる研究指導の場合,その重要性もある一方で,エネルギー切れを起こすリスクもあります(ただこれは,その当該の分野がそうした学問基盤の特徴をもっていることも大きい→だからこそ,③④のような二本柱は余計に重要になる)。大事なのは「ずっと研究をしたいと思える持続可能な楽しさを培ってくれる場」の存在。 「大きなことを見すえ,人と楽しく研究が出来る」は大事です。教育も大事です。
⑨学内に他分野も含めて研究の横のつながりをつくること,大切です。そのために色々な授業を受けられる仕組みになっているかもけっこう重要ですね。
⑩研究のネットワークをつくる。学会にいって,発表をして,学外の仲間や先生とのつながりをつくり,いろいろな「研究ネットワーク」をつくる。それが上のいろいろなところにかさなっていきます。
⑪人生の中で探求し,世界をちょっとだけいいものにしていくための,自然体でしたたかな自分でいられますように。
(元ツイートはこちら。整理しました。)
そうしたことをふまえて,南浦研究室では研究室が運営されています。全体としてのゴールは以下をご覧ください
またこうした「多文化・多言語」の環境や「外国人児童生徒」を教育学的に捉える視点は,教育学の中心的な問いに接続されていきます。この点への関心は,以下をご覧ください。



